数か月ぶりのブログとなった。今まで何をしていたかというと、開発に没頭していたわけではなくて、仕事に忙殺されていた。
最近ようやく仕事が落ち着いてきたところに、Astraのリリースが重なったのでストップしていたEA開発を再開することにした。
それまでのEA開発では試行錯誤の連続で、より深いところ、さらに深いところへ定義化が進んでしまって、コード全体としての整合性が取りづらくなってきていた。
それはEA開発を通じて、自分が相場をどう捉えているかを再認識する棚卸しのようなものだった。
難しかったのは私の中の定義づけが進むと同時に、AIによる機械語(実装コード)への翻訳がなされていたことだ。
これにより私の中では共通した観測だったものが、コード上、より最適化された定義へと細分化されてしまった。
この開発を通じて、最初の出発点からずいぶんと遠い場所まで進んでいった。コードの実装化に当たっての要件定義であったり、その判断ができる条件や、その条件がいつまで持続できるのかといった境界設定は、普段チャートを見ている時にある種直観的に下されていた判断だった。
それを改めて言語化することの難しさを知った。コードファイルそのものでいえば、修正したコードファイルは恐らく800近かったと思う。
その修正過程で私は私自身の構造否定フラクタル理論が深化していき、相場をどう解釈しているのかを詳らかにすることができていった。それは明らかに長大な道のりだったが、必要な舗装作業だった。
Astraのリリースの折、私は中断していた開発を取りまとめるところから始めて、整理がついたところで、Ver.2として作り直すことの必要性を感じた。
作ろうとしているEAは、状態観測モデルだ。その先にはその解釈を他の売買EAに渡す司令塔のようなシステムとしての確立がある。
チャートという連続的で多階層な現象を、有限個の観測状態と状態遷移によってどこまで損失なく表現できるのだろうか。
特に難しいのは、チャートには明確な「状態」が最初から存在するわけではないことだと思う。価格、MA、上位足、FE、構造否定、時間経過などは連続的に変化している。
それらを観測することによって、「状態A → 遷移条件 → 状態B」という離散的なモデルが成立する。
重要なことはチャートの全てを解き明かそうとしないことだ。分からないことを分からない状態として取り出すこと。
観測できることと観測不能なことの境界を作ることだ。
AIは私たちが尋ねたことにもっともらしい答えを返す。
よくよく問い詰めると、実は分かりませんと回答を修正するようないじらしさも持っている。
チャートの先行きを予測すれば、今のチャートから分かることを回答する。明日のチャートになれば明日のチャートで回答をする。
昨日と今日への接続に一貫性を持たない。それは「抵抗線を抜けなければ反発する可能性が高くなる」と言い、「抵抗線を抜けたので値動きが加速した」と言う矛盾のしない意見を並列させる賢さを持つことのようだった。
私が求めているのは、常に同じ観測原理に照らして状態を判断することだ。
結果の一貫性ではなくて、その判断基準となる観測の一貫性だ。
それは判断を下す前に、この点とこの点を通過せよと明示化することだった。
Astraが尋ねたこと
これまでコードが思想と一致しているかを考えてきたが、開発過程でより深層まで相場観を言語化することができたことから、Ver.2の開発を始めるに当たり、思想からこのコードは合致しているかという逆の見方が可能になった。
理論公理 → 観測語彙 → 概念状態 → 遷移規則 → 観測不能領域(証拠・寿命・説明権の明確化) → 機械判定仕様 → EA実装という開発プロセスが明確になり、あらかじめ観測規則を明確にしてからコードの組み立てに移ることになったのだ。
その過程で私とAstraは値動きの可能性について対話していた。
主に1波2波3波の3波動の整合性についてその境界を決めようとしており、この条件の時にどう判断するかを私が回答する形で共通認識化する作業だった。
その中で、価格がA=100 B=110 C=105の値動きをしたあと、Bの高値とCの安値をそれぞれ更新した値動きをどう解釈するかを聞いてきたのだった。
それはいわゆるブロードニングフォーメーションだった。

私の解釈では値動きはNの連続であるし、Wの連続とも三尊の連続とも言える。そんな波動の中には、時にどちらともいえない状態が相場を支配する時がある。
その時でも観測原理は一貫しており、その原理の下でこの波を解釈する必要がある。
彼はそこで都合よく独自の回答を決めつけなかった。私は事前にチャートパターンやエリオット波動についての認識を共有化しなかった。
だから修正波ともブロードニングフォーメーションとも言わずに、ただABCを追いかけた時の解釈の一致を求めてきたのだ。
その時私は、私が作ろうとしているものの中に一貫性が芽生えたように感じた。
一貫性とは条件の永続性ではない。
概念から導かれる解釈の整合性だ。
同じ答えを出し続けることが一貫性なのではなく、同じ観測原理から、その時点の証拠に応じて整合した答えを出し続けることが一貫性なのだ。
分かりやすい値動きばかりではない。トレンドレスの状態の方が多いくらいだ。
そんな不確実な値動きを一貫した観測軸から捉えた時の観測結果を取り出すことができれば、状態遷移を観測するEAができると思っている。
Jevのリリースと可能性の直観
Astraとの開発の途中、Jevというモデルがリリースされ話題になった。文章を書くAIではない。「状況を見て決定する」ことだけに特化している。
普通のLLMは「入力 → 考える → 文章を1トークンずつ生成」する。Jevはそこを捨てて「状態 → 選択肢ごとの確率 → 決定」を直接返す。
TypeSafe自身の言葉を借りれば、"unstructured state in, typed probabilistic decisions out"。状態を入れれば、型付きの確率的判断が出てくる。そういう設計だ。
初めてリリースポストを読んだ時、最初は内容を理解するのに時間を要した。それこそAIに要約してもらったくらいだ。それでもポストを読んだ瞬間に、これはEA開発に直結すると直感した。私が作ろうとしているものも、文章を生成するものではないからだ。
チャートを観測し、今どの構造が成立しているか、どの構造がまだ成立していないかを取り出す。
どの観測が有効で、どの観測が寿命を迎えたか。上位足と下位足の認識は一致しているか。そもそも現在は説明できる状態にあるのか。
そうして取り出した結果は、売買を担当する別のEAに渡す。
そこに雄弁な相場解説はいらない。たぐい稀な未来予測エンジンはいらない。後段のシステムがそのまま使える観測結果、それだけが必要なのだ。
上昇構造が成立している。下降構造は成立していない。上位足との合意は弱い。構造否定候補は存在する。ただし現在の証拠だけでは判断を確定できない。そういう状態のことだ。
SNF ObserverがJevと同じ仕組みになる、という話ではない。惹かれたのはもっと根の部分だ。
Jevはその判断の不確実性を、一つの文章的結論へ閉じ込めずに保持できる。そこに可能性を見た。
AIは答えを出しすぎる
問いかければ、AIは何かを返そうとする。その便利さの裏で、時に極論めいた答えを差し出す。
「好きか嫌いか」と聞けば、与えられた情報からどちらかに寄せてくる。だが人間の内部状態は、そんなにきれいに割り切れない。
好きではあるが、少し警戒もしている。興味は強い。ただしよく分からない。親近感もあるが、距離も感じる。そういう状態は珍しくない。無理に「好き」か「嫌い」かに分ければ答えは出る。だがその答えは、内部状態を正確に写してはいない。
内部状態をそのまま残すなら、いろんな状態が並列にあっていい。
好き 0.41
嫌い 0.32
関心 0.57
警戒 0.48
親近感 0.35
判断不能 0.62
「好きか嫌いかで言えば、興味はあるし、よく分からない部分もあって少し近寄りがたい。ただ嫌いというほどでもない。知らんけど」——これくらい人間らしい状態が、ちゃんと残る。
数字そのものが重要なのではない。一つに決めなくていいということなのだ。
相場と人間は、思ったより似ていた
EA開発とAI論。この二つの間に奇妙な共通点があると気づいた。 チャートは最初から「今は上昇トレンドだ」と明示してくれない。「ここから下降する」とも「現在はレンジだ」とも書いていない。時間と共に価格が動いているだけだ。その連続的な値動きに観測軸を与え、状態を切り出す。だからどの状態にも綺麗に当てはまらない局面が、必ず出てくる。 開発中のSNF Observerは、その状態を無理に分類しないことを設計思想の核に置いている。説明できないものは説明できないまま保持する。観測不能なら観測不能と出力する。証拠が足りなければ、足りないままにしておく。 これは開発の中で得られた、かなり重要な結論だった。だが翻って考えると、人間の認識も同じではないか。Xで流れてくるAI界隈のポストを読んでいて、その考えが刺激された。 私たちは、いつも明確な答えを持っているわけではない。目の前にあるものを好きかどうか分からない、中途半端な状態のままにしておくことはたくさんある。 自分の感覚は正しいと思うが、どこか引っかかる。やりたい気持ちはあるが不安もある。期待はしているが信用しきってはいない。そういう曖昧さを抱えたまま生きている。 ところがAIと対話すると、問いの形式次第で一つの答えへ収束させられてしまう。人間自身がまだ決めていないことを、AIが先に決めてしまう。ここにもう少し大きな問題があると思う。 AIは目的達成の道具として作られている。だがAIが扱いやすい目標ばかり提示され続ければ、人間の側が自分の目的をAIの扱える形へ変形し始めるかもしれない。 AIに尋ねやすい問いを立て、AIが評価しやすい成果を報告する。数値化できる目標を用意し、Yes/Noで答えられる意思をあらかじめ準備しておく。そういうものばかりが選ばれるようになる。 AIが人間の望みを叶える関係から、人間がAIの扱える望みを持つ関係への反転。ずっと前からXやこのブログで書きつらねてきた、主客逆転構造そのものだ。 以前なら「自分は何をしたいのだろう」と曖昧に考えていたことが、「この中から選ぶならどれが最適か」という選択問題に変わる。AIは選択肢の比較や整理に長けている。問題の本質だと思うのは、選択肢を作る前の曖昧な領域までが失われることだ。 まだ言葉になっていない欲求。矛盾した感情。決断するほどでもない違和感。理由の分からない関心。一見非効率に見える。だが人間の思考や創造は、たいていそこから始まる。私たちはそれを直観と名付けて呼び出し、大事にしてきた。 Astraとの開発で、相場について一つ学んだことがある。説明できない相場を、無理に説明しないこと。簡単なようで難しい。 人は理由を欲しがる。この思いの正体を知りたがる。 AIも理由を作るのが得意だ。価格が上がれば上がった理由を、下がれば下がった理由を、それらしく説明できてしまう。 だから観測するEAを作っている。ただ単に説明するEAではない。 今ここで何が起きたか。何が成立して、何がまだ成立していないか。どこまで説明できるか。そこまでを観測し、その先は補完しない。 Jevの設計を見たとき、この思想は相場だけの話ではないと思った。 AIと人間の関係にも必要なものだ。分からないものを分からないまま残す。決まっていないものを保留する。複数の可能性があるなら、無理に一つへ統合しない。それでAIの性能が落ちるとは思わない。
未来の蓋然性
ここ一年あまり、EAを作ってきた。途中に休止はあったが、今も続いている。振り返れば、作っていたのは単なる自動売買システムではなかった。
連続的で曖昧な世界を、機械はどこまで観測できるのか。どこから先を「分からない」とするべきか。観測と推論の境界はどこにあるのか。
一貫性とは同じ答えを出し続けることか、それとも同じ観測原理から証拠に応じて違う答えを出すことか。
Astraとの開発は、その問いを相場を通じて考える機会になった。
Jevを見て、相場だけの問いではないと気づいた。
AIに求めるべきは、世界を一つの答えへ押し込めることではない。
今、何が分かっていて、何が分かっていないか。どの可能性が残っているか。人間が決めるべきはどこからか。
それを誠実に示してくれるAI。そこに可能性を感じている。答えを人間の代わりに持つのではなく、人間がまだ答えを持っていない状態を、そのまま一緒に抱えられること。
不確実性に満ちたこの世界で、私が持ちえぬ知性のかけらを拾い集め、別の視座から理を見つめる存在でいてほしいと願うのだ。
この連載: 観測者という主体とAI (4 / 4)
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