市場を語れなかった条件式

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前回の記事で、私はEA開発を始めて初めて、観測の意味を知ったと書いた。
相場を攻略するためではなく、自分が何を見ているのかを問い直すために、EA開発へ踏み込んだ。

しかし本当の意味で驚かされたのは、その後だった。

私は相場を長く見てきたつもりだった。流れも、節目も、危うさも、それなりに感じ取ってきたつもりでいた。
しかし、それらを機械言語へ渡そうとした瞬間、私は立ち止まることになる。
市場は、条件式では語れなかったのだ。

見えていたはずのもの

人間は、思っている以上に多くを一瞬で処理している。
チャートを見た時に、この上昇は強い、ここは伸び切っている、この押しは浅い、あるいは、まだ崩れていない、と思う。

そうした感覚が、説明抜きで立ち上がることがある。経験を積んだ人ほど、その速度は速い。しかし機械にはそれが通じない。

「強い」とは何か。
「伸び切っている」とは、どこまでか。
「浅い」とは、何に対して浅いのか。
「まだ崩れていない」とは、何が保たれている状態なのか。

そこを一つずつ問われた時、私は気づいた。見えていたと思っていたものの多くは、まだ言葉になっていなかったのだと。
例えば、今まで何度も弾かれてきた価格を突破した時、長い大陽線で抜けたから強いと思うのか。連続したスラストアップで抜けたから強いと思うのか。直前の押しがMAに支えられたから強いと思うのか。あるいはその押し目の深さでそう感じるのか。
私の中にあった相場に対する捉え方が1つずつ詳らかにされて、その中のどれか1つが大いなる理由だったのか、あるいはいくつかの条件の重なりによって意味が変わってきていたのかまで問いただされた。

私は今まで何を見ていたのだろう。漠然とした、しかし強烈な問いが立ちはだかっていた。

条件式の限界

EA開発において、多くの発想は条件式から始まる。
  • 移動平均線がクロスしたら買い
  • RSIが一定値を超えたら売り
  • 高値更新でエントリー
  • ATRが広がったら順張り
もちろん、それらには意味がある。一定の局面では、機能することもあるだろう。
それでも私には、どこか足りないものに見えた。なぜなら市場は、単発の条件で動いているようには思えなかったからだ。

……――価格は常に文脈の中にある。
同じ高値更新でも、その文脈が違えば意味が異なってくる。
長い停滞の末にようやく起きた更新なのか、急騰後の最後の一伸びなのか、上位構造を背負った継続なのか、それとも薄い流動性の中のノイズなのか。同じ出来事が、まったく異なる意味を持つ。

条件式は出来事を拾える。しかし、出来事の意味までは拾えない。そこに限界を感じたのだった。

市場は状態として存在している

そんな条件式の限界を感じながら開発を進めるうちに、私の視点は少しずつ変わっていった。
市場を見るとは、条件を見ることではなく、状態を見ることなのではないか。
  • 旧構造がまだ有効な状態
  • その構造が否定され、新しい流れが始まった状態
  • 波が整合し、伸びる余地を持つ状態
  • 到達を終え、熱を失い始めた状態
  • 再び秩序を失い、混沌へ戻った状態
市場は、こうした状態の連続として現れている。もしそうなら、EAが扱うべきものもまた、条件式ではなく状態遷移になる。この発想に至った時、ようやく開発の土台が見え始めた。

市場の変化を読み解くことは、状態の遷移を結果として受け取ることだ。
その遷移するきっかけを捉えるだけではたりない。何を持ってそのきっかけの確からしさを保証するのか。
そんな核心に迫る疑問が湧いた。

機械に問われているのは、自分だった

不思議なことに、EAを作っているはずなのに、問い詰められていたのは私自身だったと気づいた。

なぜそこを重要だと思ったのか。なぜそこでは見送り、ここでは攻めるのか。何を見て、何を無視していたのか。
コードは曖昧さを許さない。だがその厳しさは、単なる技術的な苦労ではなかった。自分の観測眼の輪郭を、初めて正面から見る機会でもあった。
そして数々の問いかけの中でも一切ブレない軸足こそが構造否定の1波だった。
すなわち、それまでの構造を壊すきっかけになった波。そしてその等倍位置への収束によって整合性を確認するというスタンス。

……――波は整合性を取りに来る。
私を支えてきた理論の根幹にある哲学だ。どんなに迷ってもそれがあるだけで道を失うことはない。

まだ市場を語れていない

今作っているEAが市場を語り切れているとは思わない。
むしろ逆だ。作れば作るほど、市場の奥行きと、自分の理解の浅さを思い知らされる。
条件式では語れなかったからこそ、ようやく、どこから語り始めるべきかが見えてきた。

市場を単純化したい気持ちは、今もどこかにある。
簡単なルール。明快なサイン。迷わない判断。それらはきっと、相場を理解したいと思う私自身の浅ましさを言葉に換えたものだ。
同時にその浅ましさに頼ることが、市場を複雑化させない方法の1つなのだと言いたい気持ちもある。

だが現実の市場は、もっと曖昧で、もっと重なり合っている。空と海の境目が消える夜のように。
だからこそ必要なのは、すべてを照らし切る太陽ではなく、境界をわずかに示す灯火なのかもしれない。その灯りがあるだけで、私はここに立つと表明できる旗を持つことができる。

その灯りを、私はまだ作っている途中だ。




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