愚か者のFX-10-

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希望が出た時点で、トレードは一度終わっている

希望が出た瞬間、そのトレードはすでに正常な状態ではない。それはエントリーが間違っているという意味ではない。判断の主導権が、「今の価格」から「こうなってほしい未来」へ移ってしまったという意味だ。
だから私は、希望が出た時点でそのトレードを一度終わったものとして扱う。そう心がけている。
単純な復帰手順があればいい。
希望が出たとき、私はまず止める。チャートを見るのをやめ、時間足の切り替えをやめ、ポジションを増やさない。この段階では、「正しい判断」をしようとしない。ただ、これ以上悪くしないことだけを考える。
次にやるのは、「今切るべきか」を考えることではない。事前に決めていたストップがどこにあったかを確認するだけだ。そこに到達しているのか、していないのか。判断はそれだけでいい。
ここで一つ、自分に問いかける。今、私はチャートを見て判断しているのだろうか。それとも未来を想像して判断しているのだろうか。もし後者なら、その時点で下した判断は無効になるのだ。
そして私は、過去に同じ状況でどんな結末を迎えたかを思い出す。抽象的な反省ではない。実際に味わった苦痛だ。どんな値動きだったか。どんな気持ちだったか。その後どうなったか。それを思い出せた時、判断は今この瞬間に戻ってくると思っている。
未来を期待した判断でもない、過去の記憶を頼りにした願望でもない、今、この瞬間にだけ下せる判断だ。

ここまでやっても迷うなら、何もしない方がいい。手仕舞いも、増し玉も、どちらもしない。
トレードで最も価値のある行動は、「正しいエントリー」ではなく「間違った行動をしないこと」だからだ。
恐らく失敗したと思ったトレードからの完璧な復帰など存在しないと思う。
この手順を踏んでも、私は今でも失敗する。止まれないこともあるし、希望に飲み込まれることもある。それでも以前のように取り返しのつかない失敗には至らなくなった。今はそれで十分だと思っている。
1つ1つのトレードは独立している。集合体ではない。失敗した後に、どう戻るかまで含めて1つのトレードだ。

本当は、希望が出たら終わりという単純な話ではない。そこからどう戻るかが、トレーダーとしての実力だと思っている。

実際、私にも忘れられない一件がある。
ある時のことだ。
私はひどい間違いを犯した。
その時の相場は私にとって読みやすいものだった。こういうと変な話だが、環境認識を踏まえ、今がどのような状態にあるのかがよく分かっていると感じる瞬間があった。
そしてこの後のチャートの形がこうなったらエントリーしようと心に決めたシナリオがあった。
あろうことか、私は今のこのチャートが期待通りの動きをしていると周囲に示唆してしまった。私だけのトレードだったものを世界に広げてしまった。
その瞬間、私は言わなくていいことを言ってしまったと思った。これでもうミスをすることは許されなくなったと思い込んでしまった。

チャートは絶えず動いていた。ローソク足のできる速度は変わらないのに、いつもより遅く感じた。その時が来るのを待ち構えている時ほどじれったいものはない。
やがてその近視眼的なまなざしの向こうで波の向きが変わり始めたと思った。予想通りだ。あとは形の整うのを待つだけだと。

そこに現れた形は、私の思っていた形ではなかった。
MAへの寄り付きが少し甘く感じた。プライスアクションの形にはなっていた。
しかし頭の中に思い描いていた形とは微妙に違ったのだ。

待つべきなのか、入るべきなのかが一気に分からなくなった。
待ち望んでいたはずの波が来ているのか、来ていないのか、ここを逃せばチャンスはないように思えた。
注文画面を開いては閉じるということを何度も繰り返した。ロットを定めて、もう一度確認しよう、もう一度確認しようと何度も画面を切り替えた。
結局、私はそこでエントリーをしなかった。
チャートはグングンと私の期待していた方向へ伸びていった。

逃したのだと思った。

そう思うだけで済ませられれば良かった。私は次を期待した。伸びた波は押し目をつけるはずだからだ。
そうして架空のシナリオを作ると、より一層チャートを見る目は他の情報を寄せ付けなくなった。私の言ったことを覚えている誰かが、私のトレードを気にしていると思った。
ノートレードとは言えない。何かの結果を、これを読んだと言える結果をもたらさなければならなかった。
私は未来を期待した。今を無視した。そしてローソク足がMAに寄り付いた時、私はここにしかチャンスはないのだと言い聞かせた。

価格はそのままMAを支えにすることなく、突き抜けていった。
私のトレードはあっけなく終わった。

こんな思いをもう二度としたくないのだ。
だからこそ、私は私自身を欺いていたものを排除しなければならなかったのだ。

チャートに希望はない。未来はいつまでも未確定であり続ける。
1つのトレードはその後に何が起ころうとも1つのトレードのまま終わる。
独立した判断のトレードだ。しかし終わったトレードを次に繋げようとしてはいけない。失敗したから次で取り戻すという意識になると、独立していたはずのトレードが重なり合って、悪影響を及ぼす。
チャートだけが繋がり続ける。動き続ける。1秒前に見えなかった未来を今のこの瞬間にだけ確定させ続ける。1秒先は相変わらず未確定だ。

だから止めるのだ。
だから降りるのだ。

意志薄弱なことを恨む前に、画面を閉じてしまうのだ。
それだけなのだ。

難しい理屈はいらないし、過度に苛むこともしなくていい。
もっとシンプルに止めればいい。過去も未来もない今この瞬間にだけ、私はいるのだから。
そうして戻った時、トレードは1つのトレードとして終えられるのだ。


この連載: 愚か者のFX (10 / 14)
シリーズガイド |希望をこの手から放し、確定した価格へ戻る。

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