EA開発が暴いた、理論の余白

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今回の記事は、EA開発シリーズとは別に、この数か月の開発を通じて自分の理論のどこが揺さぶられ、どこが明確になったのかを一本にまとめてみたものだ。

AIの発展によって、コーディングを専門に学んできたわけではない自分でも、観測の仕組みを実装として試せる時代になった。
自分にとってAIは、単なる便利な道具ではなかった。対話を通じて、自分の中にあった相場観の曖昧さや輪郭を映し返してくる鏡のような存在でもあった。

その中で始めたのが、相場を観測するEAの開発である。
ただ、自分が欲しかったのは売買を代行する装置ではない。相場の現在地を、理論に沿って素早く把握するための観測の補助だった。

だが、実際にEAへ観測軸を与えようとすると、そこで初めて見えてきた壁があった。
それは実装の難しさそのものではない。
観測を機械に渡したとき、理論の中で曖昧なまま済ませていた「終わり」が、定義を求めて立ち現れてきたことだった。

相場を観察するEA


Xのポストでやたらと仕事が忙しいと呟いていたのは、ただの愚痴ではない。相場観察にかける時間を喪失してしまい、トレードの精度が落ちていることを実感していることへの嘆きでもあった。
分析がおろそかになれば、それを土台としたトレードも理論に対して不誠実になる。理論通りのトレードの蓄積によってパフォーマンスは正しい姿を見せる。
100%勝てる手法はなく、人によって勝率が40%でも70%でも、それは理論通りのトレードの蓄積があって初めて分布するものだ。

そこが汚染されると本来のパフォーマンスは発揮できない。
せめて相場分析だけでも一瞬で把握できればいいのに、という思いが日々募っていったのだ。
それがきっかけだった。

要するに売買EAが欲しかったわけではない。
相場分析のいわゆるサインツールとしてのインディケーターがあればいいなと思ったのだ。
あくまで自分がトレードの執行役になることを想定していた。
それはこれまでのAI論の記事で纏めてきた主客の分離という考えによるものだった。

俯瞰するという行為

まず最初にやろうとしたことは、構造否定ラインの表示だ。
これは比較的すんなりできた。構造否定の1波とその3波整合、FE161.8への到達観測も、同じように実装できた。

難しかったのは、その先だった。
161.8に到達した後、どうするのか。FE200か。その先は。

実装に集中していると、価格の追跡が始まりかけていることに気づいた。追跡することは、観測するものの役割ではない。
ここで初めて、人間が普段やっていることの意味が見えてきた。

自分でチャートを見る時、私はチャートの左側に見切れている価格帯や上位足の流れを自然に意識している。過去から現在への文脈を一瞬で読み取り、理論に該当する場所をある程度の精度で素早くピックアップする。そして自分の判断で、観測を終える。

これが俯瞰だ。
全体を見ながら、細かすぎず粗すぎず、必要な場所だけを取り出す。そして任意のところで区切ることができる。

EAにはそれができない。現在の価格から遡ることはできても、その中から有意な価格を文脈として抽出する論理は、簡単には与えられない。
人はパッと見てそれを判断できる。この非対称が、実装の壁として立ち現れた。
客体としてのチャートと、主体としての観測者。その構図が、EAを作ることで初めて輪郭を持ったのだ。

EAに与えた完了の定義


EAに与えた観測はどこまでも次を要求する。
つまり通常の売買EAと違うだけでなく、サインを出して終わり、というサインツールでもなくなっていた。
自分の観測軸をEAに与えようとしていたことがこうした壁になった。

私の理論は波動体系を構造として見るものだ。構造否定されなければどこまでも続く。これはダウ理論に従ったものだ。
通常の人の観測であれば、小さな波はスケールアップして大きな波になる。
小さな波の3波動は大きな波の1波動になる。つまりフラクタルである。

最初はこれと同じことをした。構造否定波動全体を上位波動として捉えるmacroFEの設定だ。
しかしこれも結局は同じことで、macroFEもFE100/FE161.8/FE200と拡大していくので、EAの中で観測が肥大化していくだけだ。
そこで伸長点としての161.8と整合するように、極点としての261.8を与えたのだ。
あくまでも目的は観測の終端としての整合位置だ。
161.8と同じように、261.8に達したからと言って、トレンドは転換するわけではない。
転換シグナルが点灯するまでトレンドは継続するのだ。

しかしEAによる観測としてはここで閉じる。
そしてそこからカオス領域として再観測させて、新たなトレンド形成を待ち、構造否定波動を観測し、次のFE観測に入る形とした。
こうした設計によって、観測型EAは循環する構造ができたのである。


EAから外形化した終端という位置


この261.8という終端の位置は、元々の私の理論の中では一度も触れたことがない部分だった。
理論の中核はN波動の連続で、その整合を確認することに焦点が当たっていたからだ。
そして人の目で観測する時、それは恣意的にその起点と終点とを選ぶことができるので、数値上の確定要素を持つ必要はあまりなかった。

しかし今回のFEを通じて、観測の終端としてのFElifeサイクルという考え方は実用的だった。
もちろん転換点からの大局俯瞰という意識は重要だ。
過去から現在への価格構造は支配波と継承波の関係の中で、重要な要素になる。

しかし価格構造の中で最も本質的に推進力を生むものは、直近の波だ。
常に今の価格構造によって新たな波は形作られる。
それは、転換初期のカオスが収束したフラクタルという痕跡によって、整合性を得るという関係だ。
常に最新の波で動くが、それは自己相似した波の姿である。
逆に言えば、支配波と継承波の構図の中では、自己相似した波の中でも常に最新の波が、最新の説明権を持つ。最新の波が価格構造を作っていると言える。

こうした解釈に基づくと、261.8という終端定義は、最新の波動を捉えなおす区切りとして機能的だったのだ。
これがEAから外形化した理論の深化点の一つになった。

波のゆくえ

もしもこの相場の世界を海に例えることができるならば、大海を行く我らはどんな舟に乗っているのだろう。
もしもチャートの変動を波に例えることができるならば、波を見つめる我らはどうやってその始まりと終わりとを知ることができるのだろう。

そんな永遠のテーマをこのブログのフッターに置いていた。
161.8も261.8も終わりにはならない。
構造否定理論で示す構造否定ラインの前にも波は続いている。

海に終わりはなく、波に終わりもない。
嵐の中にも、凪の中にもとどまることがない。

そこに始まりと終わりとを見出すことができるのは、観測者だけなのだ。


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波の完成形を見たい波形トレーダー