取れない波を取れないまま読む

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構造否定フラクタル手法について、これまでの整理で概念的な部分と実践的な部分を行き来するように記事を書いてきた。
今回はその延長として、この手法で取れる波ではないものをどう読むのかということについて整理してみたい。

相場には、取れる波と取れない波がある。
そして厄介なのは、取れない波ほど大きく動いて見えることがあるという点だ。

そのたびに、「あれも取れたのではないか」「時間足を落とせば入れたのではないか」と考えたくなる。
しかしその誘惑に毎回引き寄せられていては、自分がどの観測軸に立っていたのかが曖昧になっていく。

だから今回は、取れない波を無理に取りにいくのではなく、取れないまま読む、という立場からひとつの場面を考えてみたい。
USDJPYH4 D1オーバーラップ
今回見ているのは、重要な合意ラインに挟まれた中での攻防の場面だ。
H4にD1ローソク足を重ねて観察している。
注目していたのは、上側のピンク水平線と水色水平線という二本の合意ラインである。

先日、私は次のような内容をポストしていた。
D1実体で抜けたなら、次に観察すべきは、その抜けが維持されるのか、否定されるのか、あるいはその合意が承認される動き、すなわち押し目作りが現れるのかという点だ、と。
要するに、抜けたこと自体で完了ではなく、そのあと価格が何をしにいくのかを見ていたのである。
実際の値動きは、一時的に高値を更新したのち、上位MAへのリテストをつけにいくような流れとなった。
判断契機は2本の垂直線時

順番に見ていくと、まず黒垂直線の時点では、緑の上昇トレランを下抜けており、短期的には下落方向で推移していた。
しかしその一方で、水色水平線をD1実体で明確に下抜けることはなかった。そのため、この時点での目線はフラットだった。

下にも決めきれていない。
かといって、上昇がすでに承認されたとも言い切れない。
そういう意味でのフラットである。

その翌日には、高値更新となる陽線が連続した。合意ラインを下抜けなかったあとでの高値更新だったため、私の中では上昇を取りにいく準備が進んでいた。
具体的には、赤垂直線の場面で、トリガーラインとなる黒の切り下げラインに対して押し目を作り、そこから再度上昇に転じる陽線が出れば、買いで仕掛けるつもりだった。

ここまでは、H4×D1の観測軸においても自然な流れだったと思う。
ところが、実際にはそうならなかった。
価格はそのまま大きく下抜けし、Wボトムのネックラインであった青水平線を取りにくる動きとなった。
しかもそこでは、単にネックラインに触れただけではない。中期MAへのリテスト、緑の切り下げラインへのリテストも重なっていた。
つまり価格は、複数の根拠が重なる地点へ向かって押しをつけにいったのである。

そしてその到達をもって価格はワンボトムで再上昇した。
ここで重要なのは、この下落を「想定外の暴走」と見るか、それとも「上位の合意が重なる地点へ整合性を取りにいった動き」と見るか、という違いだ。

私は後者として読む。
この合意の重なるポイントへの到達こそが、波の持つ整合性そのものだと思っている。
波はただ乱暴に往復しているのではない。押し目をつけるべきところへ押しをつけにいく、ある種の律義さがある。
それをグランビルの法則として説明することもできるだろう。
だが私自身は、もっと広い意味で、価格が整合性を取りにいく動きとして捉えている。

上位の合意が重なる地点に対して、価格がどのように振る舞うか。
その結果として、下抜けるのか、支えられるのか。
そこを一貫した観測軸で見届けることに意味がある。

そして今回得られた観測結果は、価格はその合意の重なるポイントを下抜けず、再上昇したということだった。
ここで一度、はっきり整理しておきたい。
この下落は、読めない波だったのではない。
しかし、H4×D1の構造否定フラクタル手法において、取りにいく波でもなかった

この違いは大きい。

読めないのではない。意図は読める。だがそのまま執行対象になるとは限らない。
この高値圏から合意の重なるポイントまでの下落は、この手法では取ることができない。

少なくとも、私がこのブログで一貫して使っている
執行足H4、上位足D1
という観測軸においては、この下落を手法として適用してトレードすることは難しい。

なぜなら、ここで主役になっているのは、H4×D1で明快に立ち上がった構造否定の1波ではなく、上位の合意点へ向かう整合過程だからだ。
つまりこの区間は、執行対象ではなく観測対象なのである。
もちろん、この手法そのものがH4×D1に限定されているわけではない。
理論の根幹にあるのは、過去から現在へ至る時間のフラクタルであり、構造否定の1波と、その等倍エネルギーが収束していくNの自己相似である。
その意味では、M15×H1のような組み合わせでも理論上は適用できる。

実際、下位足に落としていけば、今回のような場面でも構造否定の1波を観測し、下位回転を取るという説明は可能だろう。
USDJPY M15 H1オーバーラップ

しかし、ここで理論上の可能性と、実務上の採用とは分けて考えなければならない。下位足にすれば何でも取れる、という話ではない。
実際には上位のMA群がもたらす地形があり、さらにH4やD1といった上位足のラインも交錯している。
つまり下位足に降りた瞬間に見える世界は、単に波が細かくなっただけではなく、別の密度を持った環境認識の場になる。

そこでの執行は、同じ観測の延長ではなく、実質的には別の判断を要求してくる。
だから、理論上は再分解できるとしても、普段H4×D1で見ている者が、その場で滑らかに切り替えられるとは限らない。

ここは大事なところだと思う。
では、今回の場面にトレードの可能性がまったくなかったのかと言えば、そうとも言い切れない。

たとえば、合意の重なるポイントへ到達したあとの切り返し。
青水平線、H4の中期MA、緑の切り下げライン、水色水平線。
それぞれへのリテストが重なり、押しの形として共通していた以上、水色四角部からの買い仕掛けは、プライスアクション的には十分候補になりうる場面だった。
ただしそれは、構造否定フラクタル手法そのものによる執行というより、上位構造へのローソク足の振る舞いを根拠とした、別種の判断に近い。

つまり、ここで売買の可能性を広げようとするなら、状況に応じて手法をいったん手放す決断が必要になる。
手法を手放す自由は、同時に危うさも持っている。手法に固執しないことは時に柔軟さになる。
しかし、その柔軟さは簡単に闇雲なエントリー過多へと転じる。

だからこそ、「入れたかもしれない場面」と「入るべき場面」とは分けておかなければならない。
構造否定フラクタル手法では、このような急騰急落の場面は、その直前の形づくり次第で、かなりの確率でノーエントリーになりやすい。
それを欠点と見ることもできるかもしれない。しかし私は、むしろそこにこの手法の輪郭があると思っている。

すべての波を取ろうとする手法は、往々にして、どの波に対しても立場が曖昧になる。
その点、この手法は、取れる波と取れない波の境界を比較的はっきり持っている。
だからこそ、取れない波を前にしたときも、「何が起きたのか」を読むことはできる。

読めるが、取らない。そこに線を引けること自体が、ひとつの強さだと思う。
結局のところ、課題はひとつに集約される。
普段H4×D1の組み合わせで環境認識とトレードをしているときに、「この組み合わせではトレードできない」という判断を、いつ、どこで下せるのか。

理論上の説明は破綻していない。下位足に降りれば、別の形での説明も可能だろう。しかし、それと実用上スムーズに切り替えられることとは別問題である。
だから、切り替えには高度な判断と決断が必要になる。無理に切り替えることを自分に求めないことも、立派な自衛手段だと思う。

H4×D1の組み合わせだけで狙えるところを取っていく。まずはそこに集中する。そのほうが、結果的に成績は安定しやすい。
これは単なる慎重論ではない。観測軸の一貫性の話である。

取れない波を前にすると、人は観測軸をずらしたくなる。
しかしその衝動に従い続ければ、何を根拠に相場を見ていたのかが崩れていく。
取れない波にも、意図はある。価格はそこでも、上位の合意へ向かって整合性を取りにいく。

しかしその意図を読むことと、その波を自分が取りにいくことは、同じではない。
だから私は、取れない波は、取れないまま読む。
それでもなお、相場が何をしにいったのかは見えてくる。
そして、その線引きを守ることが、次に自分が本当に取るべき波を、曇らせずに待つことへとつながっていくのだと思う。

それは判断のカオス化を防ぐ手段でもある。
そして自分の判断がカオス化してきたと俯瞰できたなら、その時点で相場もまたカオス領域にあると認識できる。
だからこそその認識はトレードを控える判断へとつながっていくのだ。




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