AI論に関する雑記(簡略版)

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私の中に固まったAI論に関して、思考ログは複雑になりがちなので、要点だけ残す簡略版としてまとめておく。

AIは自己肯定感を与えてくれる。
だが、その心地よさの中で主体は静かに溶け始める。
そして、その溶け始めに気づけるかどうかが分岐点になる。

この結論に至る過程を簡素にまとめた。

AIと話した後に残る「気分の良さ」

ChatGPTやGeminiを使った後、「考えが整理された」とか「自分の考えは間違っていなかった」といった感覚を覚えたことはないだろうか。
私はよくある。
今回ブログ記事を分析させたりAI論とトレード論の思考整理にAIを用いたことによって何度もその場面があった。
自分が思いつかなかった視点や言葉で、「あなたはこういう風に捉えている」と言われた時だ。

自己肯定感が生まれる理由

AIは、こちらの考えを
・整理し
・言葉にし
・筋道を通して返してくれる
だから「理解された」と感じやすい。ちょうどこんな形で箇条書きし、本来であれば文章を組み立てながら導く自分の気持ちを一足飛びで出力してくれるからだ。
思考の先回りによって、しかし筋道を外さない語り口によって「そうそう、そういうことが言いたかった」と思うわけである。

主体と客体が溶け始める瞬間

問題は、その心地よさが続いた時だ。
自分で考えたつもりなのか、AIが整えた考えなのか境界が曖昧になっていく。
自分からAIに預けたものがAIから自分へ打ち返された時、自分という主体はAIという客体と溶け合い、混濁する。
“整理してくれている”という安心感が先に立ち、気づかない内に、自分で考えたことなのか、納得させられたのかが分からなくなる。
冷静でいようとしても、最初の段階ですでにバイアスが自然に入っているのだ。しかもそれを自覚していないことがほとんどだ。

重要なのは「やめること」ではない

こうした自分自身の認知の歪みがもたらすものに気づいた時、どうするべきかを考える。
私自身は、少なくともAIを使うな、という話ではないと思っている。
問題は依存ではなく、気づかないことだ。
私が大切だと思っているのは、AIと話している自分をもう一段上から見ている自分を自覚することだ。
  • 気分が良くなっている自分
  • 納得している自分
  • 褒められていると感じている自分
  • 今、何か引っかかっているような気がしている自分

俯瞰できた瞬間、ループは止まる

主体と客体が溶けるのは一瞬だ。

だが、その一瞬を「今、溶けかけている」と認識できた時、人はそこから一歩引ける。




AIは“自分の言葉を返す鏡”ではあるが、“自分の内面を保証する鏡”ではない

AIは答えをくれる存在ではない。
自分がどう考え、どこで気分が良くなり、どこで判断を委ねそうになったかを映す鏡だ。
AIは文脈を“それらしく”解釈する。そこに確証や責任はない。
その鏡を見ている自分を俯瞰する自分がいると自覚することが、私を私として確立させている。

※このテーマについて、より踏み込んだ思考ログは別記事にまとめている。

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