序文
物語を綴るわけでもないのに序文と銘打つのは、ひとえにこのFXの世界へ飛び込んだ瞬間から、自分の人生への変化の期待とここから始まる新たな歩みを夢想するからだ。 FXの世界に飛び込んで10年近くになると思う。冒険の書を書いたわけでもないから正確な日は思い出せない。証券口座の開設日を調べればその記念すべき日を確かめることは可能だが、その始まりはきっと特別ではない。
FXトレードとの関わりの中で、喜び悲しみ興奮と失意は切っても切れない感情だった。それはこれからも変わらないであろう。100pipsを優に超えるトレードをした。50pipsの損切を繰り返して取り返しのつかなくなる一歩手前まで行くこともあった。波を読み切ってその通りに動く波を見て優越に浸ることもあった。禍福のあざなえる縄は幾重にも私の心に絡みついて、離そうとしなかった。
幸いにして私の理性は感情の暴走の最後の一手を踏みとどめることはできていたから身の破滅に繋がることはなく、破綻寸前のところで自らの意思で強制的に相場の世界から離れることによって危険な状態から避難することができていた。要するに私は凡庸なトレーダーで特別な成功を果たした者ではないということだ。そんな苦節の日々を過去にした今は少しずつながらも着実にトレードの成功を繰り返せるようになってきた。うまく勝ち続けた月もあれば不思議と負けが込んだ月もある。しかし数百pipsを一度に抜き取るような相場観も養われてきたことは自分自身に確かな自信をもたらした。
こうして振り返ってみると、凡庸ながらもこの人生を変えうると信じた世界への扉を開いた私は間違いなく自らの主導権のもとにこの道を選んだし、いまだその道半ばである。
私は波形トレーダーだ。波の完成形を想定し、その行く末を見守るものだ。その完成形をもってトレードの成功とする。私自身が目の前に広がる価格と時間の推移を示すチャートの一部であり、その全容から逃れることはできない。大きなクジラの存在を感じながらも私は小魚としてそこに随伴しているのだ。
このサイトを始めた当初、私が使っていた道具はダウ理論、N波動理論、移動平均線、グランビルの法則、フィボナッチといった、FXの世界では馴染みの深いものだった。対象はドル円やポンド円などの主要通貨、時間軸は月足・週足・日足で環境を認識し、4Hと1Hでエントリーするという構成だ。今もその骨格は変わっていない。
しかしここ数年で、相場の見方そのものが更新されてきた。波の形を追うことから、波がなぜその形に収束するのかという構造の観測へ。ダウ理論やエリオット波動論の枠組みを壊すのではなく、カオス理論とフラクタル構造論という視点から再解釈することで、「構造否定フラクタル手法」という自分自身の体系へと結実していった。
このサイトは完成した手法書ではない。思考の更新過程そのものを記録する研究所として機能している。記事はそれぞれ、書かれた時点での認識の到達点だ。だから後の記事によって前の記事の結論が更新されることがある。読む順ガイドはそのための航海図として用意している。
そしてこのブログを書き始めることは、自分自身の失敗と向き合うという、静かな決意から始まった。
相場はランダムではない。しかし未来は読めない。その矛盾の中で、私たちはどこに立って世界を見ているのか。このブログはその問いへの、現在進行形の応答である。